ケネス・アーノルド事件とは?「空飛ぶ円盤」という言葉が生まれた日

ケネス・アーノルド事件とは?「空飛ぶ円盤」という言葉が生まれた日 UFO・UAP
Astronaut photograph ISS066-E-140837, ISS Crew Earth Observations Facility and the Earth Science and Remote Sensing Unit, Johnson Space Center(NASA) 2022年2月に国際宇宙ステーションから撮影された、レーニア山やアダムズ山などカスケード山脈の火山です

UFOと聞いて、平たい円盤の形を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。実は「空飛ぶ円盤」という言葉は、1947年のある目撃事件の報道から広まったものです。

それが、アメリカのパイロット、ケネス・アーノルドの目撃から始まった「ケネス・アーノルド事件」です。この記事では、事件の確かな事実と、語られている説を分けて整理します。

概要

1947年6月24日の午後3時少し前、自家用機を操縦していたケネス・アーノルドは、ワシントン州のレーニア山の近くで、高速で飛ぶ9つの物体を目撃しました。アーノルドは、アイダホ州ボイシを拠点に消火設備の会社を営む実業家で、自分で飛行機を操縦するパイロットでもありました。

翌日、アーノルドがオレゴン州ペンドルトンで地元紙の記者に目撃を話すと、その記事は通信社を通じて全米に伝わりました。報道の中で「空飛ぶ円盤」という言葉が生まれ、アメリカ中で目撃の報告が相次ぐきっかけになりました。

確かな事実として分かっていること

行方不明の輸送機を探す途中だった

その日アーノルドは、仕事のためにワシントン州の中を小型機で移動していました。途中、レーニア山の近くで墜落した海兵隊の輸送機を見つけると賞金がもらえると聞いていたため、少し寄り道をして山の周りを探していました。

賞金の額は、資料によって5000ドルとも1万ドルともいわれています。いずれにしても、アーノルドは当時、山の上空をていねいに見て回っていたことになります。

9つの物体がレーニア山からアダムズ山へ

高度3000メートルほどを飛んでいたアーノルドは、明るく光る9つの物体が、一列に連なって南へ飛んでいくのを見ました。物体はレーニア山のあたりから、南にあるアダムズ山の方向へ進んでいったといいます。

アーノルドは、2つの山の間を物体が飛び抜けた時間を測り、その速さを計算しました。当初の報道では時速約1200マイル(約1900キロ)とされ、のちには時速1700マイルとする資料もあります。どちらにしても、当時の飛行機ではありえない速さでした。

形は円盤ではなかった

アーノルドが見た物体は、実は丸い円盤の形ではなかったとされています。報道によると、アーノルドは物体を、平たいパイ皿のようで、コウモリにも似た形だと説明していました。

尾翼は見えなかったとされ、アーノルドがのちに軍に出した報告書には、前が丸く後ろがとがった、靴のかかとのような形の絵が描かれていました。上から見ると三日月のような形だったと紹介する資料もあります。

「空飛ぶ円盤」という言葉が生まれた

アーノルドは、物体の飛び方を、水面に投げた皿が跳ねて進むような動きだと説明しました。ところが、この説明が物体の形のことだと受け取られ、報道の中で「フライング・ソーサー(空飛ぶ円盤)」という言葉が広まっていきました。

最初に記事を書いたペンドルトンの地元紙イースト・オレゴニアンは、「皿のような」という表現を使っていました。記事は通信社のAP通信を通じて全米に配信され、「空飛ぶ円盤」という言葉そのものは、別の新聞の書き手が使い始めたとされています。アーノルド自身は、最初から物体を「空飛ぶ円盤」と呼んだわけではないと強く否定していました。

全米に広がった目撃の報告

アーノルドの目撃が報じられると、アメリカ各地で同じような物体を見たという報告が相次ぎました。この年の夏には、空飛ぶ円盤の話題が数百もの新聞の見出しを飾ったといわれています。

陸軍もアーノルドから話を聞き、信頼できる人物だと評価したと伝えられています。この事件は、現代のUFOブームの始まりとされています。

語られている主な説

未知の飛行物体だったという説

アーノルドは経験を積んだパイロットで、軍も証言の信頼性を認めていたと伝えられています。そのため、当時の技術では説明できない、未知の飛行物体だったのではないかという説が今も語られています。

アーノルド自身も、最初は軍の新しい飛行機の試験飛行ではないかと考えていたとされています。ただし、物体の正体を示す証拠は見つかっていません。

鳥の群れや自然現象だったという説

懐疑派の研究者からは、アーノルドが見たのはペリカンなどの鳥の群れで、距離を見誤ったのではないかという説が出されています。遠くにある物体の距離や大きさを、空の上で正確に判断するのは難しいからです。

ほかにも、大気に飛び込んだ隕石がばらばらになったものだという説や、空軍の調査計画プロジェクト・ブルーブックが、蜃気楼だったと結論づけたという話も伝えられています。

今も残る謎

アーノルドが見た9つの物体の正体は、今も確かめられていません。距離や大きさ、速さの見積もりは、どれもアーノルドの目測にもとづくもので、あとから確かめる方法がありません。

一方で、この事件はUFOのイメージを大きく変えました。実際の物体は円盤の形ではなかったとされるのに、「空飛ぶ円盤」という言葉が、その後の目撃談や映画、作り話のUFOの形にまで影響を与えたと指摘されています。

アーノルドは1915年に生まれ、1984年に亡くなりました。その後も何度かUFOを見たと話し、講演などを通じてUFOの話題に関わり続けたと伝えられています。

まとめ

ケネス・アーノルド事件は、1947年6月24日にレーニア山の近くで、パイロットが高速で飛ぶ9つの物体を目撃した事件です。アーノルドが飛び方を「水面を跳ねる皿」にたとえた説明が、報道の中で形の説明と受け取られ、「空飛ぶ円盤」という言葉が生まれました。

物体の正体は、鳥の群れや自然現象など諸説があり、決着していません。それでもこの事件は、現代のUFOブームの出発点として、今も語り継がれています。

僕のひとりごと

僕がこの事件で一番驚いたのは、「空飛ぶ円盤」という言葉が、形ではなく飛び方のたとえから生まれたということです。アーノルドが見た物体は円盤の形ではなかったとされるのに、その後のUFOのイメージがすっかり円盤になってしまったのは、言葉の力のすごさを感じます。

もし記者が別の言葉を選んでいたら、今のUFOはどんな形で語られていたのだろうと想像してしまいます。

アイキャッチ画像:Astronaut photograph ISS066-E-140837, ISS Crew Earth Observations Facility and the Earth Science and Remote Sensing Unit, Johnson Space Center(NASA) 2022年2月に国際宇宙ステーションから撮影された、レーニア山やアダムズ山などカスケード山脈の火山です

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