火星には、かつて生命がいたのでしょうか。この大きな問いの答えに、これまでで一番近づいたかもしれない発見が、2025年9月に発表されました。
NASAの探査車パーサヴィアランスが火星で採った岩石の試料に、「生命の痕跡の可能性」があるというのです。この記事では、何が見つかって、何がまだ分かっていないのかを、確かな事実と語られている説に分けて紹介します。
概要
パーサヴィアランスは、2020年7月30日に打ち上げられ、2021年2月18日(日本時間19日)に火星のジェゼロ・クレーターに着陸しました。直径約45キロメートルのこのクレーターには、35億年以上前に川の水が流れ込み、湖があったと考えられています。
パーサヴィアランスの大きな目的は、昔の火星に微生物がいた手がかりを探すことと、岩石などの試料を集めて、将来地球に持ち帰れるように保管することです。今回話題になったのは、その試料の一つ「サファイア・キャニオン」です。
ここで大切なのが、「生命の痕跡の可能性(潜在的なバイオシグネチャー)」という言葉の意味です。NASAは、生き物がつくった可能性はあるものの、生命がいたかどうかの結論を出すには、さらにデータや研究が必要なものだと説明しています。つまり、火星で生命が見つかったという発表ではありません。
確かな事実として分かっていること
ヒョウ柄の模様がある岩
2024年7月、パーサヴィアランスは、ネレトバ渓谷と呼ばれる昔の川の谷を進んでいました。幅約400メートルのこの谷は、大昔にジェゼロ・クレーターへ流れ込んだ水が削ってできたものです。
その谷の北の端で見つかったのが、矢じりのような形をした、大きさ約1メートルと約0.6メートルの岩です。アメリカのグランド・キャニオンにある滝にちなんで、「チェヤバ・フォールズ」と名付けられました。
この岩の表面には、ミリメートルほどの白っぽい斑点がいくつもあり、それぞれが黒い縁で囲まれていました。その見た目から「ヒョウ柄」と呼ばれています。岩には白い硫酸カルシウムの脈も走っていて、かつて水がこの岩の中を通ったことをはっきり示していました。
パーサヴィアランスは2024年7月21日、この岩にドリルで穴をあけて試料を採りました。これが「サファイア・キャニオン」で、パーサヴィアランスにとって22本目の岩石の試料です。
有機物と2つの鉱物
パーサヴィアランスのロボットアームの先には、岩の成分を調べる装置が付いています。そのうちの一つ、SHERLOCという装置は、この岩から有機物(炭素を含む化合物)を見つけました。
さらに調べると、この岩は粘土やシルト(砂より細かく、粘土より粗い粒)でできた泥岩で、有機炭素、硫黄、酸化した鉄(さび)、リンを多く含むことが分かりました。NASAによると、粘土やシルトは、地球では昔の微生物の痕跡をよく残す性質があります。
注目されたのは、2つの鉱物です。一つは、ヒョウ柄の黒い縁や、「ケシの実」と呼ばれる小さな黒い粒に多く含まれる、鉄とリンの鉱物「ビビアナイト(藍鉄鉱)」。もう一つは、ヒョウ柄の内側に見られる、鉄と硫黄の鉱物「グレイジャイト」です。
2025年9月の論文と発表
これらの結果は、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のジョエル・ヒューロウィッツが率いる研究チームの論文として、2025年9月10日に科学誌ネイチャーに掲載されました。ほかの専門家による審査を経た論文です。
論文によると、これらの鉱物は、泥がたまった後に、有機物がかかわる「酸化還元反応」(物質どうしで電子をやりとりする化学反応)によって、低い温度でできたと考えられます。同じ日にNASAも会見を開き、当時NASAの長官代行だったショーン・ダフィーは、火星の生命の発見にこれまでで最も近づいた成果だという趣旨の発言をしました。
思っていたより新しい地層
NASAによると、この発見が特に驚きだったのは、パーサヴィアランスがこれまでに調べた中でも新しい時代の堆積岩で見つかったことです。それまでは、昔の生命の痕跡は、より古い地層に限られるだろうと考えられていました。
この結果は、火星が生命の住める環境だった期間が、考えられていたより長かったか、より後の時代まで続いていた可能性を示しています。とはいえ、この岩も35億年以上前のものとされる、とても古い岩です。
語られている主な説
微生物がかかわったという説
地球には、有機物を分解するときに、まわりの鉄や硫黄の化合物と電子をやりとりして、生きるためのエネルギーを得る微生物がいます。NASAは、今回の鉱物の組み合わせはこうした反応でできたように見え、微生物の「指紋」かもしれないと説明しています。
NASAによると、ビビアナイトは、地球では泥炭の湿地や、有機物が分解しているまわりの堆積物によく見られる鉱物です。グレイジャイトも、地球では一部の微生物がつくることが知られています。
特にグレイジャイトができるには、硫酸塩を還元する反応が必要です。この反応は、低い温度ではとてもゆっくりとしか進みませんが、地球では硫酸塩を還元する微生物がこの反応を進めています。
生命がなくてもできたという説
一方で、これらの鉱物は、生命がいなくてもできることがあります。NASAによると、高い温度が続くことや、酸性の環境、有機化合物との結びつきなどによってもつくられます。
ただし、NASAは、この岩がある地層「ブライト・エンジェル層」の岩には、高い温度や酸性の環境にさらされた証拠は見られないとしています。研究チームも、生命と関係のない説明ではうまく説明しにくい点があるとしながら、その可能性を否定してはいません。
また、有機物そのものも、生命と関係のない化学反応でつくられることがあります。2024年の最初の発表の時点では、岩に含まれるかんらん石(マグマからできる鉱物)や硫酸塩が、生き物が住めないほどの高い温度でもたらされ、生命と関係なくヒョウ柄ができたのではないかという点も、確かめるべき課題に挙げられていました。
今も残る謎
一番の謎は、もちろん、この鉱物をつくったのが微生物なのか、そうでないのかです。研究チームは、答えを出すには、試料を地球に持ち帰り、感度の高い装置で詳しく分析する必要があるとしています。
ところが、試料を持ち帰る計画の行方ははっきりしません。NASAとESA(ヨーロッパ宇宙機関)は「マーズ・サンプル・リターン」という計画を進めてきましたが、費用がふくらみ、見直しが続いていました。そして2026年1月、アメリカ議会が可決した2026年度の予算では、今の形の計画は支援しないとされ、代わりに、将来の火星探査のための技術開発に1億1000万ドルが充てられました。
一方、中国は、火星の試料を持ち帰る探査機「天問3号」を2028年ごろに打ち上げ、2031年ごろに地球に届ける計画を進めています。サファイア・キャニオンの試料は、今も火星で、地球に届く日を待っています。
火星の生命をめぐる謎は、ほかにもあります。探査車キュリオシティが火星の大気の中にとらえたメタンもその一つで、その出どころは今もはっきりとは分かっていません。
詳しくはこちら:火星のメタンの謎とは?現れては消える気体は生命の手がかりか
まとめ
パーサヴィアランスが2024年7月に採った試料「サファイア・キャニオン」には、有機物と、微生物がかかわるとできやすい鉱物が、ヒョウ柄の模様となって含まれていました。NASAは2025年9月、これを生命の痕跡の可能性として発表しました。
ただし、生命がいなくてもできた可能性は残っていて、答えを出すには地球での詳しい分析が必要です。火星にかつて生命がいたのかという問いの答えは、火星で待つ小さな試料の中に眠っているのかもしれません。
僕のひとりごと
僕がこのテーマで一番ワクワクしたのは、答えにつながるかもしれない試料が、もう採られて火星で待っているという点です。ヒョウ柄やケシの実という呼び名も親しみやすくて、写真で見ると本当に不思議な模様をしています。
それだけに、持ち帰る計画の見通しが立っていないのは、もどかしく感じます。NASAや研究チームが生命を見つけたとは言い切らず、慎重に言葉を選んでいるところにも、科学の誠実さを感じました。いつか地球の研究室でこの試料が調べられる日を楽しみに待ちたいです。
参考情報
- NASA「NASA Says Mars Rover Discovered Potential Biosignature Last Year」(2025年9月10日)
- NASA JPL「NASA Says Mars Rover Discovered Potential Biosignature Last Year」(2025年9月10日)
- NASA JPL「Perseverance’s PIXL Finds Vivianite, Greigite in ‘Cheyava Falls’ Sample」(PIA26640、2025年9月10日)
- NASA「NASA’s Perseverance Rover Scientists Find Intriguing Mars Rock」(2024年7月25日)
- NASA Image and Video Library「Perseverance Finds a Rock With ‘Leopard Spots’」(PIA26368、2024年7月25日)
- NASA Image and Video Library「Perseverance’s Selfie With ‘Cheyava Falls’」(PIA26344、2024年7月25日)
- NASA Science「Mars 2020: Perseverance Rover」
- デンマーク工科大学「Redox-driven mineral and organic associations in Jezero Crater, Mars」(Hurowitz ほか、Nature 645、2025年の論文情報)
- Stony Brook University「Martian Mudstone Evidence from the Perseverance Rover Is a Potential Biosignature」(2025年9月10日)
- The Planetary Society「A biosignature on Mars? Unpacking Perseverance’s Cheyava Falls find」(2025年10月)
- EarthSky「NASA announces Mars rock as a potential biosignature」(2025年9月)
- ナショナル ジオグラフィック日本版「【解説】火星に生命の痕跡か、「最も有力な証拠」 NASA」(2025年9月13日)
- CNN.co.jp「火星の岩石から「最も明確な生命の兆候」、NASA発表」(2025年9月13日)
- sorae「NASA火星探査車が生物活動に由来するかもしれない鉱物を発見した可能性 地球での分析に期待も先行き不透明」(2025年9月)
- sorae「「火星の生命」の証拠かもしれない岩石を「パーサヴィアランス」が発見」(2024年8月)
- アストロアーツ「NASAの火星探査車「パーサビアランス」着陸成功」(2021年2月)
- sorae「火星探査車「パーセベランス」の目的地はかつて湖があったクレーター」(2020年7月)
- マイナビニュース「火星の岩石に過去の微生物の痕跡? NASAの新発見は何を意味するのか」(2025年9月26日)
- 三菱電機 DSPACE「パーサヴィアランス、“生命の痕跡”を発見、か」(関根康人、2025年9月)
- SpacePolicyOnline「Great News for NASA in the House-Senate FY2026 Appropriations Report」(2026年1月)
- SpacePolicyOnline「Final FY2026 NASA/NOAA Appropriations Bill Clears Senate, White House is Next」(2026年1月15日)
- The Planetary Society「You just saved NASA’s budget」(2026年1月15日)
- Universe Today「NASA’s Mars Sample Return Is Dead, Paving The Way For China」
- NASA Science「Mars Sample Return」
- JST Science Portal China「中国「天問3号」、2028年ごろ打ち上げへ 火星試料を地球に持ち帰る計画」(2026年5月1日)
- 新華網日本語版「中国「天問3号」ミッション、2031年前後に火星のサンプル持ち帰り」(2026年4月25日)
- NASA「Curiosity’s Mars Methane Mystery Continues」(2019年6月)
- NASA JPL「Why Is Methane Seeping on Mars? NASA Scientists Have New Ideas」(2024年4月22日)
アイキャッチ画像:NASA/JPL-Caltech/MSSS 探査車パーサヴィアランスが2024年7月23日に撮影した自撮り写真です。探査車の左、画像の中央付近にある矢じりの形の岩が「チェヤバ・フォールズ」で、岩の小さな黒い穴が試料を採った跡です
この記事は公開時点の情報をもとにまとめています。研究や調査は日々進んでいるため、新しい発見で内容が変わることがあります。誤りに気づいた方は、コメントで教えていただけるとうれしいです。


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