ソコロ事件とは?警察官が目撃した着陸UFOと空軍の未解決記録

ソコロ事件とは?警察官が目撃した着陸UFOと空軍の未解決記録 UFO・UAP
Image courtesy of the Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center(写真番号 ISS062-E-151818) 2020年4月に国際宇宙ステーションから撮影された、ソコロの町とその周辺です。事件当時の写真ではありません

1964年4月、アメリカ南西部の小さな町で、一人の警察官が谷に降りた不思議な物体を見たと報告しました。物体は炎と大きな音を残して飛び去り、あとには焼けた草と地面のくぼみが残っていたといいます。

アメリカ空軍のUFO調査「プロジェクト・ブルーブック」が念入りに調べても、その正体は分かりませんでした。この記事では、UFOの歴史に残る「ソコロ事件」の記録と、今も語られる説を整理します。

概要

ソコロ事件は、1964年4月24日の夕方、ニューメキシコ州ソコロの町はずれで起きたUFOの目撃事件です。目撃したのは、ソコロ市の警察官ロニー・ザモラでした。

ザモラは、卵形の光る物体と、そのそばに立つ白い服の2人の人影を見たと証言しました。空軍はこの事件を「未確認」に分類しており、目撃者の名前から「ザモラ事件」とも呼ばれています。

確かな事実として分かっていること

スピード違反の車を追っていた警察官

ブルーブックの最後の責任者がまとめた記録によると、午後5時45分ごろ、ザモラはスピード違反の車を追って町の南へ向かっていました。そのとき大きな音が響き、南西の空に炎が見えたといいます。

その方向には、ダイナマイトをしまっておく小屋がありました。ザモラは小屋が爆発したのかもしれないと考え、追跡をやめて炎のほうへ向かいます。砂利の坂道で車がすべり、3度目でようやく丘の上に登れたと記録されています。

谷にあった卵形の物体

丘の上に出たザモラは、150から200ヤード(およそ140から180メートル)ほど先の涸れた谷に、光る物体を見つけました。最初はひっくり返った車だと思い、無線で、谷の事故車を確かめに行くと連絡しています。

近づいてみると、物体はアルミニウムのような色をした、アメリカンフットボールのような楕円形でした。当時の地元紙によると、ザモラは、物体のそばに白いつなぎのような服を着た2人の人影がいて、遠目には子どものように小さく見えたと話しています。

炎と轟音を残して飛び去った

車を降りて物体に近づこうとしたとき、再び大きな音が響き、物体の下から青とオレンジ色の炎が出ました。爆発すると思ったザモラは、車の向こう側へ走って逃げ、地面に伏せて腕で顔をおおいました。

物体は20から25フィート(6から8メートルほど)の高さまで浮き上がり、低い高さのまま遠ざかっていきました。ダイナマイト小屋の上をかすめるように越え、やがて山の向こうに見えなくなったといいます。ザモラは、物体の側面に赤い記号のようなしるしがあったとも証言しています。

燃える茂みと4つのくぼみ

物体が去ったあと、ザモラの連絡を受けて、州警察の巡査部長がすぐに駆けつけました。物体があった場所では茂みや草がいくつも燃えていて、地面には浅いくぼみが4つ残っていました。

地元の新聞は4月28日の紙面で、くぼみや焼けた草の写真とともに事件を大きく報じました。ただ、うわさを聞いた見物人が次々に訪れ、2日後には現場の跡はほとんど踏み荒らされてしまったと、当時の紙面は伝えています。

陸軍や空軍による調査

事件のあと、ホワイトサンズ・ミサイル実験場の陸軍の大尉が現場を調べ、連邦捜査局(FBI)の捜査官もザモラから話を聞いたと伝えられています。続いて空軍の調査官や、空軍の顧問だった天文学者のJ・アレン・ハイネックもソコロを訪れました。

ブルーブックの責任者によると、調査では確かめられることはすべて確かめたといいます。ガイガーカウンターで放射線を測り、気球やヘリコプター、軍や民間の飛行機の動き、近くの基地の特別な活動を調べ、月面に降りる機体を研究している企業にも手紙で問い合わせました。

しかし、結果はすべて手がかりなしでした。空軍はほかの目撃者を見つけられず、放射線は普通の値で、土からも異物は出ませんでした。焼けた茂みからも、ロケットの燃料の燃えかすのような化学物質は見つかっていません。

「未確認」とされた代表的な事例

ブルーブックの責任者は、1966年に情報機関の専門誌に寄せた論文で、1964年に空軍が処理した562件の報告のうち、未確認とされたのは19件だったと紹介しています。ソコロ事件は、その代表例として取り上げられました。

責任者はその中で、ザモラを信頼できる真面目な警察官だとし、この事件を記録に残る中で最もよく記録された事例と呼びました。そして、ザモラは自分が見たものに戸惑っているが、正直なところ自分たちも同じだ、という趣旨のことも書いています。

語られている主な説

地球の外から来た乗り物だという説

目撃者が現役の警察官で、焼けた跡やくぼみも残っていたことから、この事件はUFO研究家の間で特に信頼できる事例とされてきました。ハイネックも、最も確かな着陸の目撃例の一つと見ていたとされています。地元紙も当時、アメリカの秘密の新型機、ほかの国の機体、ほかの惑星からの偵察機という3つの可能性を挙げていました。

一方でブルーブックの責任者は、ザモラの見立てをもとにすると、物体の速さは時速120マイル(約190キロ)ほどで、惑星の間を旅する乗り物の速さではないと指摘しています。地球の外から来たことを示す手がかりも、見つからなかったとしています。

学生のいたずらだったという説

2009年、あるUFO研究家が、ノーベル賞を受けた化学者ライナス・ポーリングの資料にあった1968年の手紙をもとに、この事件は学生のいたずらだったと発表しました。ソコロ事件についてのポーリングの問いかけに対し、地元のニューメキシコ工科大学の学長を務めた物理学者が、いたずらを仕組んだ学生に心当たりがあるという趣旨の短い返事を書いていたのです。

ただし、学生の名前や、どうやって仕掛けたのかは明らかになっていません。懐疑的な立場の書き手からも、州警察の巡査部長が数分で駆けつけるまでに、学生たちがどうやって姿を消したのかは説明しにくいという指摘が出ています。

町おこしのための作り話だという説

著名なUFO懐疑論者は、1966年にソコロを訪れて関係者に話を聞き、事件は町を有名にするための作り話だったと主張しました。これに対して地元の歴史研究家は、着陸の現場が当時の市長の土地だったという話は事実ではないと反論しています。

何かの試験や気球を見間違えたという説

当時は、月面着陸に向けた機体の開発が進んでいた時代でした。事件の日にソコロの近くで、ヘリコプターを使った月探査機の試験飛行があったという指摘もあり、それを見間違えたのではないかという説があります。

また、当時まだ珍しかった熱気球を見たのではないかという説も出されています。ブルーブックの記録によると、ザモラ自身も、飛び去る物体を見ながら無線で、気球のように見えると伝えていました。ただ、どの説にも決定的な証拠は見つかっていません。

今も残る謎

ソコロ事件の難しさは、物体を間近で見た人がザモラ一人しかいないことです。地元紙は、名前の分からない旅行者が着陸の直前に物体を見たという話も伝えましたが、空軍はほかの目撃者を見つけられませんでした。

一方で、燃える茂みや地面のくぼみは、駆けつけた警察官たちも確かめています。ザモラが見たものが何だったのかについて、空軍が60年以上前に出した「未確認」という答えは、今も変わっていません。

ザモラは事件のあとも町で働き続け、2009年11月に76歳で亡くなりました。最初の調査が終わったあとは、事件についてほとんど語らなくなったとされています。

まとめ

ソコロ事件は、1964年にニューメキシコ州ソコロで、警察官が着陸した卵形の物体と2人の人影を見たと報告した事件です。現場には燃えた茂みと4つのくぼみが残り、空軍は念入りな調査のあとも正体をつかめず、「未確認」に分類しました。

学生のいたずら説や見間違い説も出されていますが、どれも決め手に欠けています。信頼できる目撃者と物的な痕跡がそろった事件として、今もUFOの歴史の中で特別な位置を占めています。

僕のひとりごと

僕がこの事件で一番ひかれるのは、ザモラが最初は物体をひっくり返った車だと思い、事故を確かめるつもりで近づいていったところです。UFOを探していたわけではない、仕事中の警察官の目撃だからこそ、話に妙な生々しさがあります。空軍の責任者が、自分たちも戸惑っていると正直に書いているのも、なんだか好感が持てました。いたずらか、未知の何かか、この答えの出なさも含めてソコロ事件の魅力だと僕は思っています。

アイキャッチ画像:Image courtesy of the Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center(写真番号 ISS062-E-151818) 2020年4月に国際宇宙ステーションから撮影された、ソコロの町とその周辺です。事件当時の写真ではありません

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