シャグハーバー事件とは?カナダの海に落ちた謎の光と公式記録

シャグハーバー事件とは?カナダの海に落ちた謎の光と公式記録 UFO・UAP
NASA 2022年5月7日に国際宇宙ステーションから撮影された、カナダのノバスコシア州とその周辺です。事件当時の写真ではありません

1967年10月4日の夜、カナダ東部の小さな漁村の沖で、光る何かが海へ下りていくのを複数の住民が目撃しました。飛行機が墜落したと思った若者は、すぐに警察へ電話をかけました。

ところが、警察や沿岸警備隊、海軍のダイバーが捜しても、機体の破片ひとつ見つかりませんでした。カナダで最も有名なUFO事件とされる「シャグハーバー事件」について、記録から分かることと、語られている説を分けて整理します。

概要

シャグハーバーは、カナダのノバスコシア州の南西部の海岸にある漁村です。事件の夜、住民たちは光の列が海の方へ下りていき、そのあと海面に光が浮かんでいるのを見たと伝えています。

警官や漁師たちはすぐに船を出しましたが、見つかったのは海に浮かぶ泡だけでした。行方不明になった航空機もなかったため、この出来事はカナダ政府の記録にUFO(未確認飛行物体)として残りました。カナダの国立の図書館・公文書館も、この事件をカナダで最も有名なUFO事件と紹介しています。

確かな事実として分かっていること

ここからは主に、アメリカのコンドン委員会(後で紹介するUFOの調査チーム)が当時のカナダの警察や海軍に聞き取った記録と、カナダの大手報道機関の記事の内容です。

飛行機の墜落だと思った若者たち

最初に警察へ通報したのは、車で家へ帰る途中だった5人の若者のうちの1人で、当時17歳の地元の青年でした。空に4つの光が横に並び、順番に点いたり消えたりしながら、海の方へ下りていくのが見えたといいます。

飛行機が墜落したと思った彼は、公衆電話から地元のカナダ騎馬警察(RCMP)に電話をかけました。最初は酒を飲んでいないかと疑われましたが、同じような通報はほかの住民からも相次いでいました。

海に浮かんでいた光と黄色っぽい泡

通報を受けて海岸に駆けつけた3人の警官も、岸から数百メートル沖の海面に光が浮かんでいるのを見ています。光は引き潮に流されるように動き、数分後に見えなくなりました。消えたのか沈んだのかは、証言によって違います。

飛行機が落ちたと考えた警官たちは漁船に乗り込み、地元の漁師たちとともに現場へ向かいました。沿岸警備隊の船も加わりましたが、生存者も機体の破片も見つかりませんでした。

見つかったのは、海面に広がる泡でした。コンドン委員会の記録には、漁師たちがふだんの潮の泡とは違うと感じていたことが書かれています。泡は黄色っぽい色だったとも伝えられています。

行方不明の飛行機はなかった

警察は、ハリファックスにある救難調整センター(遭難した航空機や船の捜索を取りまとめる機関)に、行方不明の飛行機がないかを問い合わせました。答えは、そのような報告はないというものでした。

コンドン委員会の記録によると、近くの空軍のレーダー基地も、その時間に付近でカナダやアメリカの航空機は活動しておらず、変わった反応もなかったと答えています。その夜は晴れていて、月は出ていませんでした。

国防省の覚書と海軍の捜索

事件の2日後の10月6日には、カナダ国防省の司令部の幹部が覚書を書いています。そこには、救難調整センターが予備的な調査を行い、航空機や照明弾、浮きなど、知られている物体である可能性を退けたという趣旨が記されていました。

その後、海軍の潜水チームが現場の海底を3日間かけて捜索しました。しかし、手がかりは何も見つからず、捜索は打ち切られました。

コンドン委員会の報告書にも残る記録

この事件は、アメリカ空軍の依頼でコロラド大学のチームがUFOを調べた、コンドン委員会の報告書にも載っています。報告書では地名は書かれず、1967年秋の北大西洋の事例とされていますが、調査員がカナダの海軍と警察に電話で聞き取った内容は、この事件と一致します。

報告書は、警察と海軍がすぐに徹底した捜索を行ったことを理由に、委員会としてそれ以上調べる必要はないと判断しました。

詳しくはこちら:コンドン委員会報告とは?UFOを科学で調べた空軍の依頼研究

証言には食い違いもある

記録を読むと、目撃者の証言には違いがあることも分かります。光の数は3つとも4つとも言われ、色も黄色、白、赤みがかったオレンジ色とさまざまです。爆弾が落ちてくるときのような、ひゅーっという音を聞いたという人もいました。

またコンドン委員会の報告書には、実際に何かが海に入る瞬間を見た人はいなかったらしい、とも書かれています。

語られている主な説

宇宙からの乗り物だったという説

事件はその後しばらく話題にならなくなりましたが、1993年ごろから、ノバスコシア州のUFO研究家が当時の目撃者を探し出して話を聞き始めました。研究家らは2001年に出した本の中で、海に落ちた物体は宇宙からの乗り物だったと主張しています。

その主張によると、物体は自力で海の中を進み、数十キロ離れた沖まで移動しました。その近くには潜水艦を探知するための軍の施設があり、軍の船が物体を見張っていたといいます。さらにもう1つの物体が合流し、やがて2つとも飛び去ったとされています。

話のもとになったのは、元軍関係者などへの聞き取りです。ただし、この話を裏付ける確かな証拠は示されていません。懐疑的な立場のアメリカの科学ポッドキャストは、事件から四半世紀もたってから付け加えられた話だと批判しています。

ソ連の潜水艦やアメリカの秘密の軍用機だったという説

事件が起きたのは、アメリカとソ連が対立していた冷戦のさなかでした。そのため、ソ連の潜水艦や、アメリカが試していた新しい軍用機に関係していたのではないかという説もあります。

一方、先ほどのポッドキャストは、秘密の軍用機を人の住む場所の上で、しかも低い高度で飛ばすとは考えにくいと反論しています。

照明弾や火球だったという説

同じポッドキャストは、ありふれたものでも説明できる可能性があると指摘しています。その一つが、船に備えられている遭難信号用の照明弾です。打ち上げてから燃え始めるまでの時間がまちまちなことや、海に落ちても燃え続けることが、証言とよく合うとしています。

もう一つは、とても明るい流れ星である火球です。火球は落ちながらいくつもの光に分かれることがあり、見る角度によっては、低いところをゆっくり動いているように見えるといいます。

このポッドキャストは、国防省の覚書についても、もとになった沿岸警備隊の報告は、照明弾などの手がかりが見つからなかったと伝えているだけで、可能性を否定したわけではないと主張しています。

今も残る謎

今回調べた範囲では、海に浮かんでいた光の正体を示す記録は見つかっていません。何かが本当に海に落ちたのか、落ちたのならなぜ破片ひとつ見つからなかったのかも分かっていません。

地元には、ダイバーが実は何かを引き上げたのではないかと考える人もいます。最初に通報した青年も、のちに証明はできないとしながら、そう考えていると話していました。

彼は、当時は飛行機だと思っていたものの、あれほどゆっくり飛べるふつうの乗り物は考えられず、何だったのか分からないとも語っていました。のちに事件を伝える地元の団体の代表を務め、2026年に亡くなっています。

村には今、事件を伝える小さな博物館があり、毎年UFOの祭りも開かれています。2019年にはカナダ王立造幣局が事件の場面を描いた記念硬貨を4000枚発行し、発売初日にほとんどが売れたと報じられました。

まとめ

1967年10月4日の夜、ノバスコシア州のシャグハーバーの沖で、住民や警官が海に浮かぶ光を目撃しました。警察、沿岸警備隊、海軍が捜しても何も見つからず、行方不明の航空機もなかったため、記録にはUFOとして残りました。

宇宙からの乗り物だったという説から、照明弾や火球だったという説まで、さまざまな見方がありますが、光の正体は今も分かっていません。

僕のひとりごと

僕がこの事件で心に残ったのは、最初に通報した若者たちも駆けつけた警官たちも、UFOではなく飛行機の墜落だと信じて動いていたことです。生存者を助けようと夜の海へ漁船を出した人たちの姿を想像すると、遠い国の話がぐっと身近に感じられました。証言の食い違いや、何十年もたってから加わった話もあるので、当時の記録と後からの話を分けて読むことが大切だと改めて思います。それでも、あの夜の海に浮かんでいた光が何だったのか分からないままなのは、やっぱり気になってしまいます。

アイキャッチ画像:NASA 2022年5月7日に国際宇宙ステーションから撮影された、カナダのノバスコシア州とその周辺です。事件当時の写真ではありません

この記事は公開時点の情報をもとにまとめています。研究や調査は日々進んでいるため、新しい発見で内容が変わることがあります。誤りに気づいた方は、コメントで教えていただけるとうれしいです。

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