2026年10月20日の明け方、種子島宇宙センターから、日本の探査機が火星に向けて旅立とうとしています。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の火星衛星探査計画「MMX」の探査機です。
目指すのは火星そのものではなく、火星を回る小さな衛星「フォボス」です。フォボスに降りて砂を採り、地球に持ち帰る計画で、成功すれば火星のまわりから試料を持ち帰る世界初のミッションになるとJAXAはしています。
概要
MMXは「Martian Moons eXploration」の頭文字をとった名前です。探査機はH3ロケット10号機に載せて、10月20日の午前4時41分に打ち上げられる予定です。天候などで延びた場合に備えて、11月7日までの予備期間が設けられています。
計画では、打ち上げから約1年で火星に着き、約3年を火星のまわりで過ごします。フォボスから10グラム以上の砂を採り、2031年度に地球へ持ち帰る予定です。はやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰った約5.4グラムの、およそ2倍にあたります。
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確かな事実として分かっていること
火星の2つの小さな月
火星の衛星フォボスとダイモスは、1877年8月にアメリカの天文学者アサフ・ホールが、ワシントンのアメリカ海軍天文台の望遠鏡で見つけました。一度はあきらめかけたホールを、妻が励ましたと伝えられています。
フォボスで一番大きな直径約9キロのクレーターは、この妻にちなんで「スティックニー」と名付けられました。2つの衛星の名前はギリシャ神話の神アレスの息子たちに由来し、フォボスは「恐怖」、ダイモスは「恐れ」を意味します。
火星すれすれを回るフォボス
フォボスは、長いところで約27キロのいびつな形をした天体です。火星の表面から約6000キロという低いところを、1日に約3周するほどの速さで回っています。そのため火星の地上から見ると、フォボスは西から昇って、数時間で東へ沈みます。
ダイモスはさらに小さく、差し渡しは十数キロです。約30時間かけて火星を1周しています。どちらも表面が黒っぽく、太陽の光をあまり反射しません。
3つに分かれる探査機
探査機は三菱電機が開発し、打ち上げのときの重さは4480キロと、日本の探査機としては最大級です。そのおよそ3分の2を燃料が占めています。
探査機は「往路モジュール」「探査モジュール」「復路モジュール」の3つでできています。火星まで運ぶ往路モジュールは火星に着いたあとで、フォボスに降りる探査モジュールは帰る前に切り離されます。地球まで戻ってくるのは、復路モジュールだけです。
2種類の装置で砂を採る
砂の採り方は2通りあります。1つはJAXAが開発した「C-SMP」で、ロボットアームの先の筒をフォボスの表面に突き刺して、砂を採ります。
もう1つは、NASAが提供する「P-SMP」です。アメリカのハニービー・ロボティクス社が作った装置で、ガスを吹き付けて舞い上がった砂を集めます。同じ仕組みの装置は、2025年に月面で試されています。着陸は2回を予定しています。
先に降りるローバー
MMXには、フランス国立宇宙研究センター(CNES)とドイツ航空宇宙センター(DLR)が共同で開発した小型ローバー「IDEFIX」も積まれています。探査機本体より先にフォボスに降り、表面の砂の性質などを調べて、本体が安全に着陸するための情報を集めます。DLRによると、観測は約3か月にわたって続けられる予定です。
2年遅れた打ち上げ
MMXは当初、2024年度に打ち上げる予定でした。しかし、2023年3月にH3ロケットの試験機1号機の打ち上げが失敗するなど、H3の開発が遅れたため、2026年度に延期されました。火星へ向かうのに適した時期は約2年に1度しか来ないため、延期は2年に及びました。
成功すれば、日本の探査機が火星を回る軌道に入るのは初めてです。1998年に打ち上げられた日本初の火星探査機「のぞみ」は、度重なるトラブルのため、2003年12月に火星を回る軌道への投入を断念しています。
旅の予定
探査機は2027年に火星を回る軌道に入り、フォボスのそばを付かず離れず飛ぶ「擬周回軌道」から観測を行います。着陸する場所を選んだあと、ローバーを降ろし、本体も着陸して砂を採ります。ダイモスの近くを通り過ぎながらの観測も予定されています。
その後、2030年に火星のまわりを離れ、2031年度に砂を入れたカプセルを地球に届けて、オーストラリアで回収する予定です。
火星の砂も混じっている?
MMXが注目される理由の一つは、フォボスの砂に、火星から飛んできた砂粒が混じっていると考えられていることです。火星に隕石がぶつかったときに巻き上げられた砂がフォボスに降り積もったとみられ、採った試料の約0.1%は火星から来た砂粒だと見積もられています。
火星の表面から岩石を持ち帰る計画も進められてきましたが、まだ実現していません。MMXが成功すれば、探査機が火星のまわりから持ち帰った物質を、初めて地球で調べられることになります。
詳しくはこちら:火星に生命の痕跡?パーサヴィアランスが見つけたヒョウ柄の岩
語られている主な説
MMXの一番の目的は、フォボスとダイモスがどうやって生まれたのかを明らかにすることです。この謎には、大きく分けて2つの説があります。
捕獲説
1つは、別の場所にあった小惑星が火星の重力に捕らえられて、衛星になったという「捕獲説」です。2つの衛星は小さくいびつな形をしていて、表面の光の反射の特徴も、炭素を多く含む小惑星に似ています。
ただし、木星や土星で捕らえられたとみられる小さな衛星の軌道は、大きく傾いていたり、逆向きに回っていたりとさまざまです。フォボスとダイモスが火星の赤道の上をほぼ円い軌道で回っている理由をうまく説明できないことが、この説の弱点とされてきました。
巨大衝突説
もう1つは、若いころの火星に大きな天体がぶつかり、飛び散った破片が火星のまわりで集まって衛星になったという「巨大衝突説」です。地球の月の成り立ちとして知られる考え方と似ていて、整った軌道をうまく説明できます。一方で、表面の光の反射の特徴が小惑星に似ていることの説明が課題とされてきました。
2016年には、東京工業大学(当時)などの国際チームが、衝突でできた破片の円盤からフォボスとダイモスが生まれる道すじを、シミュレーションで示しました。円盤の内側には一時的にずっと大きな衛星もでき、のちに火星に落ちて消えたと考えられています。
新しい考え方も
2024年には、NASAのエイムズ研究センターなどのチームが、火星のそばを通った小惑星が火星の重力で引き裂かれ、その破片が火星のまわりで集まって2つの衛星になったという考え方を発表しました。
今も残る謎
フォボスとダイモスの生まれ方は、今も決着がついていません。説によって衛星をつくる物質は大きく変わり、たとえば巨大衝突説なら火星の物質が含まれているはずです。MMXの科学研究をまとめる北海道大学の倉本圭教授は、試料を調べれば決着がつくという見方を示しています。
フォボスの表面に何本も走る、溝のような地形の成り立ちもはっきりしていません。かつてはスティックニー・クレーターをつくった衝突でできた割れ目と考えられていましたが、火星から飛んできたかけらがぶつかってできたという説や、火星の重力で引き伸ばされてできた跡だという説も出ています。
フォボスの行く末も気になるところです。フォボスは100年に2メートルほどずつ火星に近づいていて、数千万年後には火星に落ちるか、火星の重力で砕かれて環になるとみられています。
まとめ
MMXは、火星の衛星フォボスから10グラム以上の砂を持ち帰ることを目指す、JAXAの探査計画です。2026年10月20日にH3ロケットで打ち上げられる予定で、2031年度に地球へ戻ってくる計画です。
フォボスは捕らえられた小惑星なのか、火星への大きな衝突から生まれたのか。持ち帰る砂は、その答えとともに、火星そのものの手がかりも運んでくれるかもしれません。
僕のひとりごと
火星の空では、フォボスが西から昇って数時間で東へ沈むと知って、一度その空を見上げてみたくなりました。そんな小さな月の砂の中に、火星から飛んできた粒が混じっているかもしれないと思うと、わくわくします。
2031年度にカプセルがオーストラリアに帰ってくる日を想像しながら、まずは打ち上げの成功を祈りたいと思います。
参考情報
- JAXA「MMX – Martian Moons eXploration」(火星衛星探査計画の公式サイト)
- JAXA「ミッション概要・ミッションフロー」(MMX公式サイト)
- JAXA「サイエンス」(MMX公式サイト)
- JAXA「H3ロケット10号機による火星衛星探査機(MMX)の打上げ」(2026年8月20日)
- JAXA「Launch schedule of the Martian Moons eXploration (MMX) spacecraft aboard H3 Launch Vehicle flight No.10 (H3 F10)」(2026年8月20日)
- JAXA「火星衛星探査計画(MMX)」(プロジェクトのページ)
- JAXA宇宙科学研究所「火星衛星探査計画(MMX)」
- JAXA宇宙科学研究所「火星探査機「のぞみ」」
- JAXA「H3ロケット試験機1号機の打上げ失敗及び対策本部の設置について」(2023年3月7日)
- ファン!ファン!JAXA!「小惑星探査機「はやぶさ2」が採取した小惑星Ryugu(リュウグウ)サンプルは約5.4グラム」(2020年12月18日)
- ESA「MMX factsheet」
- ESA「Phobos orbiting Mars」(2017年)
- DLR(ドイツ航空宇宙センター)「Martian Moons eXploration」
- NASA「Phobos」
- NASA「Deimos」
- NASA「Mars Moons」
- NASA「Phobos from 6,800 Kilometers (Color)」(2008年4月9日)
- NASA「Mars’ Moon Phobos is Slowly Falling Apart」(2015年11月10日)
- NASA「Making Mars’ Moons: Supercomputers Offer ‘Disruptive’ New Explanation」(2024年11月20日)
- NASA「Mars Mission Timeline」
- ダラム大学「Supercomputer simulations offer new explanation for the formation of Mars’ moons」(2024年11月20日)
- 東京工業大学「火星衛星フォボスとディモスの形成過程を解明―JAXA火星衛星サンプルリターン計画への期待高まる―」(2016年7月)
- 東京工業大学「火星衛星に火星マントル物質の存在を予言 ―JAXA火星衛星サンプルリターン計画での実証に高まる期待―」(2017年8月)
- 三菱電機 DSPACE「火星の月はどう生まれたのか」(関根康人、2024年7月18日)
- ScienceDaily(フランス国立科学研究センターの発表)「A giant impact: Solving the mystery of how Mars’ moons formed」(2016年7月4日)
- スミソニアン国立航空宇宙博物館「Can a Japanese Spacecraft Unlock the Mystery of Mars’ Twin Moons?」(2025年12月10日)
- The Planetary Society「MMX, Japan’s Martian Moons eXploration mission」
- Astronomy.com「Aug. 11, 1877: Asaph Hall discovers Deimos」
- Astronomy.com「Mars’ moon Phobos is slowly falling apart」(2015年11月10日)
- Spaceflight Now「Japanese space science missions facing delays after H3 rocket failure」(2023年4月11日)
- 日本経済新聞「10月打ち上げ予定の火星衛星探査機、管制室を公開 JAXA」(2026年9月24日)
- 東京新聞「MMX探査機 20日打ち上げ 火星衛星の試料 人類初 回収狙う」(2026年10月8日)
- マイナビニュース TECH+「JAXAが火星衛星探査計画(MMX)の機体を報道公開、細部の工夫などをチェック!」(2026年8月13日)
- マイナビニュース TECH+「MMX探査機は火星微生物の”死骸”を持ち帰られるか? JAXAが可能性を検討」(2021年8月20日)
- マイナビニュース TECH+「火星の月に秘められた起源と水の謎 – その解明に臨む日本の探査機「MMX」(1)」(2017年4月20日)
- マイナビニュース TECH+「JAXAの「火星の衛星からのサンプル・リターン」計画とは(1) のぞみを継ぐもの」(2015年6月19日)
- Impress Watch「火星の衛星からサンプルを持ち帰る 「はやぶさ2」に続く世界初のMMX計画とは?」(2025年12月25日)
- sorae「JAXAが火星衛星探査機「MMX」を搭載する「H3」ロケット10号機の打ち上げ予定日を発表」(2026年8月21日)
- 宙畑「火星衛星探査計画(MMX)の打ち上げは26年度に延期へ。JAXA山川理事長「世界をリードできる状況」」(2023年12月11日)
- ブルーバックス(講談社)「8月18日 火星の衛星フォボスが発見される(1877年)」
- ニュースイッチ(日刊工業新聞社)「リベンジに燃える金星探査機「あかつき」とJAXA」(2015年7月)
アイキャッチ画像:NASA/JPL-Caltech/University of Arizona NASAの火星探査機マーズ・リコネッサンス・オービターが2008年3月23日に、約6800キロ離れたところから撮影したフォボスです。右下の大きなくぼみがスティックニー・クレーターで、表面には溝のような筋が何本も走っています。いくつかの波長の観測データを組み合わせた画像のため、色は実際の見た目とは異なります
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