宇宙が生まれたころに放たれた光は、今も空のあらゆる方向から地球に届いています。その光の温度を地図にすると、エリダヌス座の方向に、ひときわ大きくて冷たい領域が見つかりました。
「コールドスポット」と呼ばれるこの領域は、見つかってから20年以上たった今も正体がはっきりしていません。この記事では、確かな事実と語られている説を分けて整理します。
概要
宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙が生まれて約38万年後に放たれた光の名残です。今はマイクロ波と呼ばれる電波として観測され、その温度は約2.7K(マイナス270度ほど)しかありません。
温度はどの方向でもほとんど同じですが、場所によって10万分の1ほどのわずかな違いがあります。このムラは、のちに銀河が生まれるもとになった、物質の濃い薄いを映していると考えられています。この光とプランク衛星による観測は、ハッブル・テンションの記事でも紹介しています。
詳しくはこちら:ハッブル・テンションとは?宇宙の膨張の速さが測り方で合わない謎
コールドスポットは、この温度の地図の中で、エリダヌス座の方向にある冷たい領域です。差し渡しは約10度あり、見かけの大きさが約0.5度の満月を20個ほど並べた幅にあたります。
周りとの温度の差は1万分の1度ほどですが、これほど大きく冷たい領域ができることは予想されていませんでした。冷たい領域のまわりを、少し温かいリングが取り巻いていることも知られています。
確かな事実として分かっていること
2004年にWMAPのデータから見つかった
コールドスポットを見つけたのは、スペインのカンタブリア物理学研究所などの研究チームです。NASAが2001年に打ち上げた観測衛星WMAPの1年目のデータを分析し、2004年に論文で発表しました。
チームが温度のムラの形を数学的な方法で調べると、銀河系を基準にした南側の空のこの領域が、とりわけ目立っていました。標準的な理論にもとづくシミュレーションでは、これほどの冷たい領域が偶然できる確率は1%にも満たないとされました。
プランク衛星も「本物」と確かめた
ヨーロッパ宇宙機関(ESA)は2013年3月、2009年に打ち上げたプランク衛星の観測結果を発表しました。その中で、WMAPのデータで見えていたコールドスポットが、予想よりずっと広い範囲に広がる冷たい領域として、あらためて確かめられています。
ESAは、プランク衛星がはっきりとらえたことで、観測の誤りではなく本物だと言えるようになったと説明しています。
同じ方向に巨大な空洞があった
2015年4月、アメリカのハワイ大学天文学研究所などの国際チームは、コールドスポットと同じ方向に、銀河がとても少ない巨大な空洞があると発表しました。ハワイの望遠鏡Pan-STARRS1と、NASAの天文衛星WISEのデータを使った成果です。
空洞の差し渡しは約18億光年と見積もられ、これまでに見つかった中で最大の構造かもしれないと話題になりました。研究チームは、空洞とコールドスポットが同じ場所にあるのは偶然とは考えにくいとしています。
この空洞は「エリダヌス超空洞」と呼ばれています。2022年には、国際共同研究「ダークエネルギー・サーベイ(DES)」が、重力レンズを使って描いたダークマターの分布の地図でも、この空洞がはっきり見えることを確かめました。
語られている主な説
巨大な空洞が光を冷やしたという説
2006年には、近畿大学の井上開輝とイギリスのオックスフォード大学の研究者が、巨大な空洞がコールドスポットを生む可能性を論文で示しています。
宇宙の膨張は加速しているため、光が巨大な空洞を通り抜ける間に、空洞の重力の影響が弱まっていきます。その結果、光はわずかにエネルギーを失い、少し冷たく見えるというのです。この仕組みは「ISW効果」と呼ばれています。
詳しくはこちら:ダークエネルギーとは?宇宙の膨張を加速させる正体不明の力
ところが、この説には弱点も見つかってきました。2017年、イギリスのダラム大学のチームが、オーストラリアにある望遠鏡で約7000個の銀河までの距離を測り直すと、見つかったのはいくつもの小さな空洞と、その間の銀河の集まりでした。シャボン玉の泡のような、宇宙のほかの場所とよく似た構造だったのです。
2022年のDESの研究でも、標準的な理論で計算すると、エリダヌス超空洞で説明できるのは温度の低さの1割から2割ほどでした。2023年には、プランク衛星のデータを使った別の研究が、大きな空洞があるという考えは支持されにくいと発表しています。
なお2007年には、アメリカのミネソタ大学のチームが電波の観測データから、この方向に差し渡し10億光年近い「穴」があると発表しました。しかし、のちに別の研究者がデータを調べ直し、はっきりした証拠はないと結論づけています。
たまたまできた珍しい模様だという説
標準的な理論の範囲で、偶然できた珍しい模様だという考えもあります。アメリカのミシガン大学の研究者は、別の方法で分析し直すと目立った異常は見られないとして、最初の発見に使われた方法が、たまたまこの模様をとらえやすかった可能性を指摘しました。
ダラム大学のチームも、巨大な空洞がないとすれば、標準的な理論でコールドスポットが偶然できる確率は約50分の1だとしています。小さな確率ですが、ありえないとまでは言えない数字です。
宇宙の「結び目」の跡だという説
2007年、カンタブリア物理学研究所とイギリスのケンブリッジ大学の研究者は、科学誌サイエンスで、生まれたばかりの宇宙にできた「テクスチュア」が原因かもしれないと発表しました。宇宙が冷えていく途中で空間にできる、結び目のような欠陥のことです。
しかし2012年、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)などのチームが、WMAPの全天のデータを調べたところ、テクスチュアがあることを示す証拠は見つかりませんでした。
別の宇宙とぶつかった跡だという説
もっとも大胆なのが、私たちの宇宙が、別の「泡宇宙」とぶつかった跡だという説です。2017年にダラム大学のチームが巨大な空洞の説に疑問を示したとき、こうした変わった説明の余地が広がったと、イギリスの王立天文学会の発表で紹介されました。
ただし、たくさんの宇宙があるという「多宇宙」の考えそのものが、まだ観測で確かめられていない仮説です。チームの研究者も、この説を確かめるには背景放射をさらに詳しく観測する必要があるとしています。
近くの銀河の集まりが影響しているという説
コールドスポットの方向の比較的近い宇宙には、渦巻銀河の多い銀河の集まりがあります。2023年末に発表された研究によると、銀河のまわりでは背景放射の温度がやや低く見える傾向があり、この方向ではそれが特に強いといいます。
研究チームは、この効果を計算に入れると、コールドスポットとよく似た形の冷たい領域が再現できたとして、近くの銀河の影響で説明できる可能性があると主張しています。
今も残る謎
コールドスポットが実際にある冷たい領域であることは、WMAPとプランク衛星の両方で確かめられています。しかし、それが生まれたばかりの宇宙に刻まれたものなのか、光が地球に届くまでの途中でできたものなのかは、分かっていません。
巨大な空洞は実際にありましたが、それだけでは冷たさを説明しきれません。標準的な理論の中で起きた偶然なのか、空洞の影響が理論の予想より強いのか、それとも未知の何かが関わっているのか、研究者の見方は分かれています。
日本の研究者からは、すばる望遠鏡の観測装置を使い、この方向の物質の分布を重力レンズで詳しく調べるという提案も出されています。
まとめ
コールドスポットは、宇宙が生まれて約38万年後の光に残る、エリダヌス座の方向の大きく冷たい領域です。2004年にWMAPのデータから見つかり、2013年にはプランク衛星でも確かめられました。
その方向には巨大な空洞があることも分かりましたが、それだけでは冷たさを説明しきれていません。偶然なのか、未知の物理が隠れているのか、答えはまだ出ていません。
僕のひとりごと
宇宙のはじまりの光の地図に、たった1万分の1度ほど冷たい場所があるだけで、これほど多くの説が生まれるのが面白いと思いました。巨大な空洞が見つかって解決かと思いきや、それでも足りないという展開には、ちょっとわくわくしてしまいます。
別の宇宙とぶつかった跡という説にはロマンを感じますが、僕はまず、空洞の調べ直しや近くの銀河の影響といった地道な検証の行方を見守りたいと思います。
参考情報
- 日本天文学会 天文学辞典「宇宙マイクロ波背景放射」
- 日本天文学会 天文学辞典「WMAP衛星」
- 日本天文学会 天文学辞典「ザックス-ボルフェ効果」
- 日本天文学会 天文学辞典「月」
- IAU Office of Astronomy for Education「Angular Diameter」
- NASA「WMAP」
- NASA「WMAP Overview」
- Vielva ほか「Detection of non-Gaussianity in the WMAP 1-year data using spherical wavelets」(arXiv、The Astrophysical Journal 609巻、2004年)
- Cruz ほか「Detection of a non-Gaussian Spot in WMAP」(arXiv、Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 356巻、2005年)
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- ESA「Planck enhanced anomalies」
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- The Christian Science Monitor「The largest structure in the universe is a whole lot of nothing, astronomers say」(2015年4月21日)
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- Kovács ほか「The DES view of the Eridanus supervoid and the CMB Cold Spot」(arXiv、Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 510巻、2022年)
- ポーツマス大学 研究ポータル「The DES view of the Eridanus supervoid and the CMB Cold Spot」
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- 井上開輝、Joseph Silk「Local Voids as Origin of Large-angle CMB Anomaly (II)」(日本天文学会2006年秋季年会 講演予稿)
- 井上開輝「WMAP Cold Spot の起源について」(日本天文学会2008年秋季年会 講演予稿)
- 井上開輝「On the origin of the CMB cold spot」(日本天文学会2010年秋季年会 講演予稿)
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- Sci.News「When Universes Collide: Galaxy Redshift Survey Hints at Exotic Origin for Mysterious ‘Cold Spot’」(2017年4月26日)
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- Cruz ほか「A Cosmic Microwave Background feature consistent with a cosmic texture」(arXiv、Science 318巻、2007年)
- ScienceDaily(UCLの発表)「No evidence for ‘knots’ in space」(2012年6月13日)
- Feeney ほか「A robust constraint on cosmic textures from the cosmic microwave background」(arXiv、Physical Review Letters 108巻、2012年)
- Garcia Lambas ほか「The CMB Cold Spot as predicted by foregrounds around nearby galaxies」(arXiv、Astronomy & Astrophysics 681巻。オンライン公開は2023年12月20日)
- IATE(アルゼンチン)の研究会「Galaxy foregrounds on the CMB data」(Heliana Luparello の講演紹介)
アイキャッチ画像:NASA / WMAP Science Team NASAの観測衛星WMAPの9年分のデータから作られた、宇宙マイクロ波背景放射の全天の地図です。色の違いは、温度のごくわずかな違いを表しています
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この記事は公開時点の情報をもとにまとめています。研究や調査は日々進んでいるため、新しい発見で内容が変わることがあります。誤りに気づいた方は、コメントで教えていただけるとうれしいです。









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