ロズウェル事件とは?「空飛ぶ円盤回収」発表から始まったUFO伝説

ロズウェル事件とは?「空飛ぶ円盤回収」発表から始まったUFO伝説 UFO・UAP
United States Air Force(パブリックドメイン、Wikimedia Commons経由) 1995年の米空軍の報告書に掲載された、モーグル計画の気球の構成を示す図です

1947年7月、アメリカ・ニューメキシコ州の地方紙に、驚くような見出しが載りました。地元の陸軍航空基地が、牧場で「空飛ぶ円盤」を回収したというのです。

この発表はすぐに訂正されましたが、のちに「宇宙人の乗った円盤が墜落し、政府がそれを隠している」という話へと大きく育っていきました。これが、世界で最も有名なUFO事件ともいわれる「ロズウェル事件」です。この記事では、確かな事実と語られている説を分けて整理します。

概要

ロズウェル事件は、1947年の夏に、ニューメキシコ州ロズウェルの北西にある牧場で、正体の分からない残骸が見つかったことから始まりました。ロズウェル陸軍飛行場(ロズウェル基地)は、いったん「空飛ぶ円盤」を回収したと発表し、そのあと気象観測気球だったと説明を改めました。

事件はその後30年ほど、ほとんど話題になりませんでした。ところが1978年に再び注目を集め、米政府が公式の調査報告を出すほどの騒ぎになっていきます。

確かな事実として分かっていること

牧場で見つかった奇妙な残骸

1947年の6月から7月初めにかけて、ロズウェルから100キロ以上離れた牧場で、牧場を管理していたマック・ブレイゼルが散らばった残骸を見つけました。残骸は、ゴムの切れ端や、アルミ箔のような素材、丈夫な紙、細い木の棒などでした。

この年の夏は、アメリカ各地で「空飛ぶ円盤」の目撃が新聞をにぎわせていました。ブレイゼルは7月7日ごろ、残骸の一部をロズウェルの保安官に届け、保安官が基地に知らせました。

「空飛ぶ円盤を回収」という発表と訂正

基地の情報将校だったジェシー・マーセル少佐らが牧場へ向かい、残骸を回収しました。そして7月8日、基地は「空飛ぶ円盤」を回収したと発表し、地元紙のロズウェル・デイリー・レコードは、これを1面で大きく報じました。

しかし、すぐに第8航空軍のロジャー・レイミー准将がテキサス州フォートワースで会見を開き、残骸は気象観測気球のものだと説明しました。こうして騒ぎはいったん収まり、事件は長く忘れられることになります。

1978年に再び注目を集めた

1978年、残骸を回収したマーセル元少佐が、あれは地球のものではなかったと語ったことで、事件は再び注目を集めました。それ以降、宇宙人の遺体が回収されたという証言も次々に語られるようになりました。

米空軍の調査報告

1990年代に入ると、スティーブン・シフ下院議員の求めで、議会の調査機関である会計検査院(GAO)が記録の調査を始めました。これを受けて米空軍も調査を行い、1994年に報告をまとめています。

空軍の結論は、残骸は極秘の「モーグル計画」の気球だったというものでした。この計画は、音をとらえる装置を積んだ気球を高い空に上げ、ソ連の核実験を探知しようとするものでした。残骸は、1947年6月4日にニューメキシコ州のアラモゴードから放たれた気球の列だった可能性が高いとされています。

1995年に公表されたGAOの報告によると、ロズウェル基地の1940年代後半の管理記録や、基地から送った通信の記録の多くは、すでに廃棄されていました。そのため、当時の軍の内部のやりとりを記録で確かめることは難しくなっています。

宇宙人の遺体は人形だったという報告

1997年6月、空軍は231ページの報告書「ザ・ロズウェル・リポート:ケース・クローズド」を公表しました。この報告は、宇宙人の遺体を見たという証言について、1950年代に高高度の気球から投下された人形の実験と取り違えたものだろうと結論づけています。

報告書は、基地の病院で遺体を見たという話についても、1956年の軍用機の墜落事故や、1959年の気球の事故の記憶が混ざったものだろうとしました。2024年に米国防総省の全領域異常対策室(AARO)が公表した報告も、これらの空軍の結論に沿った内容になっています。

語られている主な説

宇宙人の乗った円盤が墜落したという説

UFO研究家の間では、墜落したのは宇宙から来た円盤で、乗っていた宇宙人の遺体も回収されたという説が語られてきました。基地から小さな遺体について問い合わせを受けたと証言した地元の葬儀社の男性もいて、こうした証言がこの説を支えてきました。

この説を支持する人たちは、気象観測気球という当時の説明も、のちの空軍の報告も、真相を隠すためのものだと主張しています。ただし、宇宙人や宇宙船が回収されたことを示す公的な記録や物的な証拠は、これまで確認されていません。

極秘の気球計画だったという説

一方、米空軍やAAROの報告が示すのが、モーグル計画の気球だったという説明です。見つかった残骸の特徴が、モーグル計画で使われた気球や、レーダーで追跡するための反射板の材料とよく一致するとされています。

「宇宙人解剖フィルム」騒動

1995年には、ロズウェルで回収された宇宙人を解剖したとされる映像が公開され、アメリカのテレビで放送されるなど大きな話題になりました。しかし2006年になって、公開した人物が、映像は本物の記録ではなく再現して撮影したものだと認めたと報じられています。

今も残る謎

残骸がモーグル計画の気球だったという説明は、多くの研究者に受け入れられています。しかし、宇宙人の遺体をめぐる証言については、空軍の説明に疑問を持つ人も少なくありません。

その理由の一つが、時期のずれです。人形を使った実験が行われたのは1950年代で、1947年の事件から何年もあとでした。1997年の報告の発表の場でも、このずれをどう説明するのかが問われたと報じられています。

また、基地の記録の多くが廃棄されていたことも、真相を隠しているのではないかという見方につながっています。記録が残っていない以上、当時の出来事を一つ一つ確かめることはできません。

まとめ

ロズウェル事件は、1947年7月に基地が「空飛ぶ円盤を回収した」と発表し、すぐに気象観測気球だったと訂正したことから始まりました。米空軍はのちに、残骸は極秘のモーグル計画の気球で、宇宙人の遺体の話は1950年代の人形の実験などと取り違えたものだと結論づけています。

それでも、この事件は今も多くの人を引きつけています。ロズウェルには国際UFO博物館・研究センターがあり、毎年開かれるUFOフェスティバルには多くのファンが集まります。

僕のひとりごと

僕がこの事件でいちばん面白いと思うのは、たった1日で「空飛ぶ円盤」が「気象観測気球」に変わった発表が、30年以上たってから世界的な伝説に育ったことです。空軍が極秘の気球計画だったと結論づけるまでに、さらに長い年月がかかったのも、なんだかドラマのようです。

いつかロズウェルのUFO博物館を訪れて、この事件が町をどう変えたのかを自分の目で見てみたいと思っています。

アイキャッチ画像:United States Air Force(パブリックドメイン、Wikimedia Commons経由) 1995年の米空軍の報告書に掲載された、モーグル計画の気球の構成を示す図です

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